[ 他愛のないはなし ]

他愛のない 小さなお話をしましょう

雨

皆さんはご存じないかもしれませんが
かたつむりは あじさいに恋しているのです

雨の色がそのまま滲んだかのような あじさいの花びらは
小さなかたつむりの心を引き寄せて離しません

かたつむりは いつも
あじさいの広い葉の上に乗りながら
ちいさく ちいさく ため息をつくのです

しかし あじさいはというと
かたつむりの考えていることなんて露知らず
朝方 自分に熱い視線を送ってくる人間に夢中でした

あじさいは その人間に恋しているのです

毎朝 毎朝 降りしきる雨を鬱陶しそうに仰ぎならがも
あじさいの姿を見つけると いつも決まって微笑む あの人間

(きっと あたしに 気があるんだわ)
あじさいは ツンと得意そうに
けれど 内心ドキドキしながら思っていました

雨

しかし 当の人間はというと
可憐なあじさいと見ながら
全く別の 小さな生物について考えていました

人間は 庭に住む小さなトカゲに恋しているのです

庭の茂みに住居を構えているらしい小さなトカゲは
藍と緑と紫と エナメルに光る鱗を持って
いつもどこかびくびくと 人間を見上げていました

人間は あじさい色に光るきれいな鱗と
いつでもしっぽを切り離すその危うさに
心惹かれてなりませんでした

けれども トカゲが見つめているのは
人間よりももっと遠く
高い高い空の上 くるくる回る影でした

トカゲは トビに恋しているのです

いつでも自分をエサにしようと
空の上から付け狙う 恐ろしいトビなのに
あの嘴のスラリとした曲線だとか 力強い羽根だとか
気になって仕方ありません

(彼になら ちっぽけな自分のからだくらい
 食べられてしまってもいいや)
終いには そんなことまで考えていました

雨

しかし トビが空の高みから付け狙っていたのはトカゲではなく
真っ黒で 世間では忌み嫌われているカラスでした

トビは カラスに恋しているのです

トビはこのあたりの空で一番強いと思っていました
それがつい最近 格下のカラスごときに
エサの取り合いで負けてしまったのです

プライドを傷つけられたトビは
毎日毎日いらいらと カラスのことばかり考えました
嫌味なほど艶やかなカラスの羽色が
トビの脳裏に焼きついて離れません

しかしながら カラスはトビのことなんて
これっぽっちも覚えていませんでした
覚えているのは 最近あった のんびり動く生物のこと

カラスは かたつむりに恋しているのです

カラスは 誰もが顔をしかめる厄介者と言われ続け
自分でもなんとなく ひねくれてしまっていました

けれども かたつむりは カラスが近づいても
つついても 噛み付いても 殻を小さく破っても
カラスの傍を離れることなく のそのそと殻の修理をするばかり
雨を受けてぬれた姿が こんなにも美しいのは
自分の翼と この生物くらいだろうと思いました

けれども かたつむりは
雨を受けて美しくなるものを 他にも知っていました
自分の胸をいっぱいにしてくれる 雨色の花

かたつむりは あじさいに恋しているのです

雨

ぐるぐるまわってつづく

inserted by FC2 system